国民皆歯科健診の最新動向|制度の目的・導入背景・今後の課題を総まとめ

国民皆歯科健診の最新動向|制度の目的・導入背景・今後の課題を総まとめ

国民皆歯科健診とは? その制度の目的や背景、今後の課題についてわかりやすく解説します。

               
2022年6月、政府が「国民皆歯科健診」の導入を検討していることを発表し、注目が集まっています。すべての国民が定期的に歯科健診を受ける仕組みを整えることで、口の健康を守り、全身の病気の予防や医療費の削減、健康寿命の延伸を目指す制度です。本記事では、国民皆歯科健診の目的や導入の背景、今後の課題までをわかりやすく解説します。

国民皆歯科健診とは? 

国民皆歯科健診とは、「すべての国民が生涯にわたり、定期的に歯科健診を受けることができる制度」のことを指します。2022年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針(通称:骨太の方針)」において初めて明記され、政府は2025年度中の導入を目指して制度の具体化を進めています。

この制度は、歯の健康を守ることを通じて全身の健康を維持し、生活習慣病の予防や医療費の抑制にもつなげることを目的としています。現在は、子どもの学校歯科健診や一部年齢層を対象とした歯周疾患検診などに限られており、全年齢を網羅的にカバーする制度は存在しません。

国民皆歯科健診が導入されれば、年齢を問わず誰もが定期的に歯科のチェックを受けられるようになり、今後の健康づくりの柱の1つとして大きな期待が寄せられています。

いつから始まる? 国民皆歯科健診の導入時期と現状

国民皆歯科健診は、2025年度からの導入を目指して政府が制度設計を進めている段階です。
現時点では、具体的な開始時期や実施方法、費用負担の仕組み、検査項目の詳細などはまだ確定していません。

政府は、生涯にわたってすべての人々が定期的に歯科健診を受けられる体制の構築を目指しており、企業の定期健康診断への歯科健診の統合や、自治体での実施体制の強化といった仕組みも検討されています。

今後、制度の詳細が明らかになるにつれて、対象年齢・健診内容・受診方法なども段階的に整備されていく見込みです。

制度導入の背景

国民皆歯科健診の検討が進められている背景には、高齢化の進行や医療費の増加、そして口内と全身の健康との深い関係があります。近年では「口の健康を守ることが全身の健康を支える」という考え方が浸透し、歯科健診を通じた疾病予防の重要性があらためて注目されています。以下では、制度導入を後押しする主な要因について見ていきましょう。

高齢化社会への対応

日本は世界でも有数の超高齢社会であり、2022年時点で65歳以上の人口は全体の29.1%を占めています。医療費や介護費用の増加が深刻な課題となるなか、健康寿命を延ばすための対策が求められています。

その中で、歯科健診の強化は「予防医療」の一環として注目されている分野です。定期的な歯科チェックを通じて、むし歯や歯周病などの早期発見・早期治療を促し、結果的に全身の健康維持や医療費の抑制につなげることが期待されています。

口の健康と全身疾患との関連

日本人が歯を失う主な原因は、歯周病とむし歯です。これらの口腔疾患は、糖尿病・心疾患・認知症などの全身疾患とも深く関係していることが、近年の研究で明らかになってきました。とくに歯周病を放置すると、細菌や炎症性物質が血流を通じて全身に影響を及ぼすことがあり、生活習慣病や動脈硬化、誤嚥性肺炎などのリスクを高めるといわれています。

こうした背景から、「歯科健診を強化することで全身の健康を守る」という考え方が、国民皆歯科健診の制度設計の根拠の1つとなっています。    

現行制度の限界

現状では、乳幼児健診や学校歯科健診、20歳以降10年ごとの歯周疾患検診など、部分的な健診制度は存在します。しかし、高校卒業から40歳までのおよそ20年間には公的な歯科健診制度がなく、この間は個人の自発的な受診に委ねられているのが現状です。

その結果、成人期以降に歯周病やむし歯を発症するリスクが高まるとともに、将来的な医療費の増加にもつながっていると指摘されています。国民皆歯科健診の導入は、こうした健診の空白期間を埋める仕組みづくりとしても注目されています。

歯科健診の現状と課題

国民皆歯科検診の実現に向けて注目が高まる背景には、現行の歯科健診の状況が抱える課題も関係しています。ここでは、現在の受診状況や国民の意識、制度化に向けた現実的な課題について整理してみましょう

歯科健診の受診率はまだ低水準

令和6年に厚生労働省が実施した「令和6年歯科疾患実態調査」によると、過去1年間に歯科健診を受けた人の割合は63.8%でした。令和4年の58.0 %からは増加したものの、なお約4割の人が歯科健診を受けていない状況です。

また、歯周疾患検診についても課題が残っています。
歯周疾患検診を実施している市区町村の割合は年々増加しており、令和4年度の「地域保健・健康増進事業報告」では、市区町村における歯周疾患検診の実施率は81.6%と報告されています。
しかし、住民への周知不足などから、市区町村が実施する歯周疾患検診の受診率は対象者全体のうちおよそ5%前後にとどまるとされ、制度が十分に活用されていない状況が続いています。

制度は整いつつあるものの、実際の「利用率の低さ」が依然として大きな課題といえるでしょう。

健康意識と行動とのギャップ

日本歯科医師会が2022年に実施した「歯科医療に関する生活者意識調査」では、「歯はできるだけ残したい」「口腔の健康は全身の健康につながる」と回答した方が9割以上にのぼりました。しかしその一方で、定期的に歯科医院でチェックを受けている方は全体の半数に満たないという結果が出ています。

このことから、知識や意識は高まっているものの、実際の行動には結びついていないという現状が明らかになりました。理想と現実のギャップを埋める仕組みづくりが求められています。

参考:日本歯科医師会「15歳〜79歳の男女10,000人に聞く、『歯科医療に関する生活者意識調査』」

制度導入に向けた現実的な壁も

制度を全国的に実現するには、歯科医師や歯科衛生士の人材不足や地域偏在といった問題を避けて通れません。また、企業や自治体にとっての業務負担の増加や費用負担も大きな課題です。

さらに、健診の義務化に伴う罰則やインセンティブの設計についても議論が続いており、持続可能な制度運用を実現するためには、国・自治体・民間が連携した多面的な取り組みが必要とされています。

制度設計と実証事業の最新動向

国民皆歯科健診の制度化に向けて、現在も政府内で具体的な制度設計が検討されています。正式な導入時期は明示されていませんが、厚生労働省ではモデル事業を通じて運用体制や健診内容の実証を進めており、今後の制度化に向けた準備段階にあります。        

モデル事業で運用方法を検証中

厚生労働省は「全世代向けモデル歯科健康診査等実施事業」を通じて、自治体や企業と連携し、効率的かつ受診しやすい健診体制の構築を検証しています。ICTツールの導入や簡易検査キットの活用など、現場の負担を軽減しながら運用可能な方法を探る取り組みも進んでいます。

令和7年度予算案では、このモデル事業に約4.3億円が計上されており、実証結果をもとに全国的な制度設計へ反映されることが期待されています。

健診の受けやすさを高める工夫も

受診率向上のため、特定健診やがん検診と同時に歯科健診を実施する取り組みが検討されています。さらに、薬局や商業施設など、日常的に立ち寄れる場所での簡易チェック導入も進みつつあります。

近年では、AIを活用した唾液検査技術の研究開発も進行中で、人手不足が課題となっている歯科衛生士の業務を補う手段として期待されています。将来的には、こうしたテクノロジーによって受診のハードルが下がり、より手軽で効率的な健診環境の整備が進むと期待されています。    

法整備はこれから本格化

現時点では「国民皆歯科健診」に関する法案は成立していませんが、2022年の「骨太の方針」を機に制度化への動きは本格化しつつあります。職場で実施される特殊健診など一部ではすでに義務化されている例もあり、今後は法制度の具体的な検討や整備状況に注目が集まりそうです。

科学的根拠と国際比較

歯科健診が全身の健康へ与える影響については、国内外で多くの研究が行われています。定期的なオーラルケアは、むし歯や歯周病の予防だけでなく、生活習慣病や認知機能の低下リスクを減らす効果も指摘されており、世界的にも予防歯科の重要性が注目されています。

定期歯科健診がもたらす健康・経済面の効果

定期的に歯科健診を受けている方は、むし歯・歯周病の発症リスクが低く、将来的に抜歯本数が少ないという傾向があります。高齢期まで自分の歯を保てている方ほど、咀嚼(そしゃく)機能が維持され、食べられる食品の幅が広がるなど、生活の質(QOL)の向上にもつながります。

また、医療費面でも効果が示されています。トヨタ関連部品健康保険組合と豊田加茂歯科医師会が約5万2,600人を対象に行った共同調査では、定期的にメインテナンスを受けている方は生涯医療費が平均よりも低く、49歳以降では医療費が一般平均を下回る傾向が確認されました。65歳時点では、年間医療費に約15万円の差が出たというデータもあり、予防歯科の取り組みが医療費抑制に寄与する可能性が示唆されています。

歯の健康が全身疾患の予防につながる

歯周病は糖尿病、心筋梗塞、脳血管疾患、認知症などの全身疾患と関連が深いことが、多くの研究によって報告されています。歯周病による炎症性物質や細菌が血流を通じて全身に広がることで、病気のリスクを高めるおそれがあるためです。

また、重度歯周病を治療することで糖尿病患者の血糖コントロールが改善したという臨床報告もあり、歯科健診・口腔管理が全身の健康維持に寄与する医学的根拠が確立されつつあります。歯科健診は、単なる口内のチェックではなく、全身疾病の早期発見にもつながる重要な役割を担っています。

国際的にも注目される「日本モデル」

欧米諸国でも予防歯科の認識が広がっていますが、保険診療で幅広い口腔医療サービスがカバーされている国は多くありません。日本の「国民皆保険制度」は世界的にも特異な仕組みであり、誰でも一定の自己負担で専門的な歯科医療を受けられる点が特徴です。

また、世界保健機関(WHO)は、多くの低所得国・中所得国で口腔医療サービスが不十分であることを指摘しており、予防歯科の普及が課題とされています。このような背景から、国民皆歯科健診のような全国規模の予防制度は、今後の国際的な歯科保健政策の参考として注目され得る存在です。

経済効果と社会インパクト

国民皆歯科健診の導入によって期待されるのは、健康面のメリットだけではありません。医療費の抑制や労働生産性の向上、関連産業の活性化など、社会全体への大きな経済効果も見込まれています。ここでは、その主なポイントを整理してご紹介します。

医療費削減への貢献

日本では「80歳になっても20本以上の歯を保つ」ことを目指す 「8020(ハチマルニイマル)運動」が1989年から推進されてきました。開始当初は達成者が10 %未満でしたが、国民の口腔意識の向上と歯科医療の発展により、2016年には50 %、2024年の調査では 61.5 % に達するまでに改善しています。

歯を多く残している方ほど、要介護認定率や生活習慣病の発症率が低いという傾向も報告されており、定期的な歯科健診が全身の健康維持に寄与していることがわかります。

また、歯科健診・予防歯科によって疾病を早期発見・予防できれば、治療にかかる医療費を大きく抑える効果が期待できます。高齢化が進む日本にとって、歯科健診の充実は医療費・介護費の削減に直結する重要な施策といえるでしょう。

新たな雇用・サービスの可能性

制度が全国的に展開されることで、歯科衛生士や歯科技工士などの専門人材の需要が高まると見込まれています。

さらに、AIや唾液検査といったデジタル技術を活用した診断ツールの開発や、遠隔歯科相談の導入など、新しいサービス領域も広がりつつあります。高齢者や通院が難しい方を対象とした訪問型歯科サービスの需要も増えると期待されており、地域密着型の介護・福祉サービスとの連携強化にもつながるでしょう。

こうした動きから、国民皆歯科健診の制度化は、医療・福祉・ITなど複数の分野で新たな雇用やビジネス機会を生み出す可能性を秘めているといえます。

今後想定される課題と未解決問題

国民皆歯科健診の導入に向けては、多くの期待が寄せられている一方で、制度設計や運用面におけるさまざまな課題も浮き彫りになっています。ここでは、今後の検討が必要とされる主な論点を整理してご紹介します。

制度設計における課題

対象範囲や実施頻度の設定

すべての国民を対象とするのか、あるいは特定の年齢層(就労世代・高齢者など)に絞るのかは、まだ明確にされていません。また、年1回を基本とするのか、それ以上の頻度が望ましいのかといった実施間隔についても議論が求められています。

費用負担のあり方

受診時の自己負担割合、公費負担の範囲、追加財源の確保方法など、財政面での検討は不可欠です。制度が長期的に継続されるためには、国民の納得感を得ながら持続可能な財政構造を整備することが求められます。

実効性を高める仕組みづくり

健診を義務化しても「受けただけ」で終わるおそれがあります。健診結果に応じたフォローアップ体制や、必要に応じて精密検査に誘導する仕組みづくりが実効性を左右する重要なポイントです。

地域格差への対策

地方や過疎地域では歯科医院が少なく、受診機会の格差が生じるおそれがあります。移動型歯科健診車の活用やオンライン診療(テレデンタル)の導入など、地域特性に応じた工夫が求められます。

歯科人材の確保と育成

健診ニーズの拡大に伴い、歯科医師・歯科衛生士の不足が懸念されます。養成校の拡充支援や働きやすい環境整備など、中長期的な人材育成策が必要とされています。

社会的な理解とエビデンスの蓄積もカギに

国民皆歯科健診の制度を円滑に導入・運用していくためには、国民の理解と合意形成が欠かせません。「義務化」への抵抗感や負担感を軽減するためにも、制度の目的やメリットを丁寧に伝える広報活動が重要です。

また、制度の効果を継続的に評価し、改善していくためには、科学的根拠(エビデンス)に基づく運用体制の確立が求められます。モデル事業や先行地域での実施データを活用し、追跡調査を行いながら改善点を洗い出すことで、より実効性の高い制度へとブラッシュアップできます。

こうしたPDCAサイクルを確立し、科学的根拠と国民理解の双方を積み重ねていくことが、制度成功のカギになるといえるでしょう。

まとめ|期待と課題が交錯する国民皆歯科健診、今後の動きに注目を

国民皆歯科健診は、むし歯や歯周病の予防にとどまらず、日本全体の健康寿命を延ばし、持続可能な医療・介護制度を築くための国家的な取り組みと位置づけられています。制度を成功させるためには、科学的根拠に基づく制度設計、公平性の確保、民間との連携、地域特性に応じた運用など、多方面での工夫が求められます。

今後は、法整備の進展や新しい検査技術・ICT活用、人材確保の体制づくりが重要な焦点となります。また、導入効果の評価や改善に向けたエビデンスの蓄積、国民への丁寧な周知・啓発も必須です。

こうした多角的な取り組みを通じて、日本の歯科保健モデルが「ジャパンスタンダード」として世界に発信される可能性もあり、引き続き制度改革の行方が注目されます。

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